2025年の春、妊活を始めました。
新婚旅行から帰ってきたタイミングで始めようと、
これは2024年3月に結婚したときから、夫と決めていたことでした。
年齢的にも「1日でも早く」と思ってはいたものの、
結婚式と新婚旅行が終わるまでは待とう、と話し合っていたからです。
だからこそ、2025年3月以降は、時間を無駄にしたくありませんでした。
妊活を始めたその日に、産婦人科を受診。
いわゆる“自己流期間”は、0日です。
妊活は最初から決めていた|自己流期間0日でのスタート
2025年3月から産婦人科に通い、タイミング法をスタートしました。
「まずは様子を見る」のではなく、
最初からできるだけ効率よく進めたいという考えでした。
その中で、早い段階でいくつかの指摘を受けます。
最初の検査でわかったこと|想定外の2つの指摘
初期検査で見つかったのは、
- 甲状腺の数値が妊活においてはやや高め
- 子宮内ポリープの疑い
という2点でした。
この時点で、「完全に問題がない状態ではない」とわかりました。
3月は妊娠せず。
そして4月、祖母が他界し、妊活は一度ストップします。
一度立ち止まった春|妊活を続けられなかった理由
4月は、気持ち的にも環境的にも、妊活に向き合える状態ではありませんでした。
結果的に、ここで1ヶ月お休みすることになります。
整えるところは全部整える|通院と向き合い方の変化
5月からは甲状腺内科への通院を開始し、チラージンの服用をスタートしました。
この頃から、
「整えられるものは全部整える」
というスタンスに変わっていきました。
なんとなく続けるのではなく、
できることはすべてやる、と決めたタイミングです。
うまくいかない数ヶ月|それでも考え続けたこと
その後も、
- 6月
- 7月
- 8月
- 9月(夫の検査は問題なし)
と結果は出ませんでした。
やるべきことはやっている。
それでも結果が出ない。
だからこそ、「何が残っているのか」を考え続けていました。
「ここしかない」と思った|手術を決めたタイミング
残っていたのが、子宮ポリープの存在でした。
これまで手術の経験がなかったこともあり、
正直かなり抵抗がありました。
できれば避けたい。
そう思っていたのも事実です。
ただ、ここまで結果が出ず、夫の検査でも問題がなかったことで、
「残っている要因はここしかない」
と考えるようになり、手術を受ける決断をしました。
想定外だった病院選び|セカンドオピニオンという選択
最初に紹介された病院では、
- 全身麻酔
- 2泊3日の入院
- 最短でも手術は翌年3月
と言われました。
「そこまで待つのか」と感じ、
セカンドオピニオンを取ることに。
別の病院では、
- 局所麻酔
- 日帰り手術
- 12月に実施可能
とのことで、こちらで手術を受けることを決めました。
自分で選んで決めたという意味でも、納得感のある判断でした。
動けなかった2ヶ月|止まるしかなかった時間
11月と12月は、手術に備えて妊活をお休みしました。
というより、
ストップせざるを得なかった期間でした。
それまで自分の意思で動き続けてきた中で、
初めてコントロールできない時間だったように思います。
手術後、最初の周期|いつもと違った流れ
そして手術後、最初の周期。
タイミングを取ったあと、
いつもより少し生理が遅れていました。
「念のため確認してみよう」と思い、
妊娠検査薬を使用しました。
陽性を見た朝|「まさか1回目で」と思った瞬間
結果は、陽性。
その線を見た瞬間に浮かんだのは、
**「まさか、1回目で?」**という驚きと、
そして、
**「ちゃんとやってきてよかった」**という気持ちでした。
妊活約1年で妊娠|不安ではなく納得だった理由
妊娠したら、もっと感情が揺れるものだと思っていました。
でも実際は、
- 甲状腺の数値を整えたこと
- 夫婦で検査を受けたこと
- 子宮ポリープの手術に踏み切ったこと
- セカンドオピニオンを取ったこと
すべて自分で判断して選んできたことだったので、
「これでダメなら仕方ない」と思えるくらい、
やり切った感覚がありました。
だからこそ、
陽性の結果を見たときに感じたのは、
不安ではなく、
「やることはやった」という納得感でした。
やることをやってよかった|1年以内に妊娠できた振り返り
振り返って思うのは、
- 自己流期間を作らなかったこと
- 気になる点をそのままにしなかったこと
- 必要だと思ったタイミングで決断したこと
この積み重ねが、結果につながったのではないかということです。
妊娠はスタートであって、ここからが本番ですが、
少なくともこの1年に関しては、
「やることをやってよかった」
と、はっきり思えています。
妊活スタートと同時に夫婦でサプリを飲み始めました

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